泌尿器がん
薬物治療センター
「主治医を中心に責任をもった泌尿器科がん治療を行いたい」
はじめに
当院では、泌尿器がんの治療として、手術に加えて、がん薬物療法を広く行っております。がん薬物療法として従来の化学療法、分子標的療法、がん免疫療法(主に免疫チェックポイント阻害剤治療)、ホルモン療法(前立腺がん)、そのほかがん支持療法などを行っております。また並行してがんに関わる苦痛に対する緩和ケア治療を並行して行っております。
近年では免疫チェックポイント阻害薬といったがん免疫療法が急速に進歩し、進行および転移性の泌尿器科がんに対する治療、がんの術後補助療法などの場面で従来の化学療法と並び主要な役割を担うようになっております。一方で多種多様な薬物治療の進歩の半面、特に免疫療法において従来の化学療法と比較して多彩な副作用の出現が報告されており、その対応が重要です。当院は泌尿器科単科病院ではありますが、大学病院はもとより近隣の総合病院とも協力し連携をはかり、多彩な副作用にも対応し日々治療を行っております。
ここでは各薬物治療について、その概要、適応となる主な泌尿器がん、副作用などをまとめてみました。
①従来の化学療法
概要
一般にイメージされるような抗がん剤が該当します。様々な作用をもってがん細胞の分裂や増殖、DNA合成、RNA合成などを抑制して効果を発揮します。しかしながら活発な増殖や分裂をする正常細胞にも効果を及ぼしてしまうことで副作用を生じます。単剤のみのこともありますが、複数の作用の異なる抗がん剤を組み合わせて行う治療が一般的です。
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泌尿器がんで用いる代表的な薬剤
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膀胱がん 腎盂尿管がん (尿路上皮がん)
ゲムシタビン+シスプラチン(カルボプラチン、パクリタキセル)、メトトレキセート+ヴィンブラスチン+ドキソルビシン+シスプラチン など
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前立腺がん(主にホルモン抵抗性)
ドセタキセル+プレドニゾロン、カバジタキセル など
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精巣腫瘍
カルボプラチン、ブレオマイシン+エトポシド+シスプラチン、エトポシド+イホマイド+シスプラチン など
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副作用
個人差や薬剤の違いで強弱はありますが、嘔気嘔吐、脱毛、骨髄抑制、腎障害、肝障害臓、間質性肺炎、心筋障害などがあります。
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②分子標的療法(免疫チェックポイント阻害剤以外)
概要
がん細胞の中で、増殖に関わる因子など特定の分子に対して作用を及ぼすことで抗がん作用を発揮するものや、がんの増殖生存に必要な血管の新生を抑制することで間接的な抗がん作用を発揮するものがあります。泌尿器がんでは主に腎細胞がんに対する薬物治療として、主に後述の免疫チェックポイント阻害剤との併用あるいは単剤で使用します。腎細胞がんは従来の化学療法や放射線治療が有効ではなかったため、近年の治療成績の向上は目覚ましいものがあります。
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泌尿器がんで用いる代表的な薬剤
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腎細胞がん
スニチニブ、ソラフェニブ、パゾパニブ、エベロリムス、テムシロリムス、アキシチニブ、ガボザンチニブ、レンバチニブ
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副作用
高血圧、疲労倦怠感、皮疹、手足症候群、下痢、消化器症状、口内炎、腎障害、蛋白尿、肝障害、間質性肺炎、高脂血症、高血糖、甲状腺機能低下などがあげられます。
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③免疫チェックポイント阻害剤
概要
免疫というと感染症に対しての防御機構をイメージしますが、体内で発生したがんに対しても同様の機構が働き、T細胞という免疫細胞が発生したがん細胞を排除しています。しかしT細胞が弱っていたり、がん細胞が巧妙にT細胞に働きかけてブレーキをかけてしまうとがん細胞を攻撃できなくなってしまいます。がん細胞はPD-L1という分子を介して、T細胞のPD-1という分子に働きかけてT細胞にブレーキをかけています。その他にも、生体内でT細胞が過剰に働きすぎないようにブレーキをかける仕組みがあり、そのブレーキを外す薬剤もあります(CTLA-4阻害剤)。いずれにしてもこのPD-1やPD-L1などのブレーキ機構を薬剤で阻害することでがんの攻撃を行わせることができます(この薬剤も分子標的治療に分類されますが、独立して扱われることが多いです)。
MSD 患者さん向け資料より一部改変
またこのタイプの薬剤は、仮に投与を中断しても、その効果が持続することがあります。一方で免疫細胞が過剰に働いてしまうことで、全身性に様々な副作用を起こす可能性があります。この薬剤による副作用を免疫関連有害事象(irAE)と呼称します。中には頻度は稀ですが非常に重篤な副作用も存在します。この副作用のコントロールが治療継続にとって非常に重要になります。当院では大学病院や近隣の総合病院と連携し、院内での対応が困難な重度の副作用の際にスムースに対応診察を依頼できるようにネットワークを構築しております。副作用につきましては別途記載いたします。
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泌尿器がんで用いる主な薬剤
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腎細胞がん
ニボルマブ(抗PD-1抗体)、ペンブロリズマブ(抗PD-1抗体)、イピリムマブ(抗CTLA-4抗体) 主にこれらと先の②の薬剤を組み合わせて治療を行うことが多いです。
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膀胱がん、腎盂尿管がん(尿路上皮がん)
アベルマブ(抗PD-L1抗体)、ペンブロリズマブ
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副作用
下記の通り免疫関連有害事象(irAE)は全身に起こる可能性のあるものです。基本的には重症度に応じて休薬、ステロイドの投与、必要なホルモンの補充などを行いますが、重度の場合は血漿交換などの専門的な治療が必要となることもあります。
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MSD 患者さん向け資料より一部改変
④ホルモン療法(前立腺がん)
概要
前立腺癌に対する治療の1つにホルモン療法があります。前立腺がんは一般的に男性ホルモン依存性に増殖することが知られています。体内の男性ホルモン(テストステロンなど複数種類があり総称してアンドロゲンといいます)の分泌や、そのホルモンの作用する受容体を阻害することで前立腺がんの増殖を抑え縮小させることが可能です。このホルモン療法は全身治療であり転移を有するような前立腺がんに対してまず行われることが多いものですが、根治治療を目指す上で集学的治療のひとつとして手術や放射線治療に組み合わせて行われることもあります。
主に①の部分で男性ホルモンの大部分を産生している精巣からの分泌を抑制します。LH-RHアゴニスト皮下注射製剤(リュープロレリン、ゴセレリンなど)、アンタゴニスト皮下注射製剤(デガレリクス)、外科的去勢術といった方法があります。また精巣や副腎(および前立腺がん細胞内)での男性ホルモンの合成を阻害するアビラテロンという薬剤もあります。また②の部分で主にアンドロゲン受容体にアンドロゲンが結合するのを阻害することで男性ホルモン作用を抑制します。旧来よりビカルタミドという薬剤が使用されてきましたが、近年では転移を有するホルモン感受性の前立腺がんに対してエンザルタミド、アパルタミド、ダロルタミド(ダロルタミドには+ドセタキセルの併用が必要になります)といった薬剤を使用することで良好な治療成績が得られております。基本的には皮下注射(または外科的去勢術)と内服製剤を組み合わせて治療を行います。ホルモン療法を長期間つづけていると前立腺がんはいずれホルモン療法に抵抗性を示すようになります。この状態を去勢抵抗性前立腺がんといいます。治療には先にあげたようなアビラテロン、エンザルタミド、アパルタミド、ダロルタミド、抗がん剤のいずれか使用可能なものになります。患者さんそれぞれの状況によりますが、基本的には同類の内服の治療を継続するより抗がん剤に変更した方が治療の奏功が得られる可能性が高いと考えられております。
副作用
男性ホルモンを抑制することで、ほてり、発汗、肝機能障害、性機能障害、疲労、貧血、女性化乳房、骨粗鬆症、肥満、糖尿病、心血管疾患、うつ傾向などが起こります。またその他に特異な副作用としてエンザルタミドでは痙攣や血小板減少、アパルタミドでは皮疹があげられます。
⑤支持療法 骨転移に対する薬物治療
概要
前立腺がんや腎細胞がんなどで骨転移がみられることが多くあります。そこでは骨転移病変の進行を抑える薬剤を使用します。デノスマブ、ゾレドロン酸といった注射製剤が代表的なものになります。
副作用
頻度は低いのですが重篤な副作用として顎骨壊死があります。使用する際には歯科口腔外科の医院に口腔内の状態を評価していただくことがあります。またこちらも頻度は低いですが、重篤な不整脈を起こす低カルシウム血症があります。カルシウム製剤内服を同時に開始し予防します。そのほか頭痛や疲労、嘔気などがあります。
おわりに
本稿では使用する薬剤に注目して、その特徴を述べました。実際の臨床では各がん診療ガイドラインに沿って薬剤の組み合わせや、使用する順序を決定します。またがん薬物療法は日々進歩しております。例えばBRCAという遺伝子変異を有する去勢抵抗性前立腺がんに対するPARP阻害剤(オラパリブ、タラゾパリブ)や、進行膀胱がんや腎盂尿管がんにおける3次治療であるエンホルツマブ ベドチンといった抗体薬物複合体治療などがあげられます。特に後者はペンブロリズマブと併用し進行膀胱がんや腎盂尿管がんの1次治療として承認申請が行われ今後使用可能となります。こういった中で当院にて実施が可能な治療を少しでも広げ、なるべく当院で一貫して治療を受けて頂けるように日々努力を続けております。